胃炎による縁

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 胃炎とつきあってもうけっこう長いので

 あ、いまちょっと弱ってるなていう

 予兆は何かしらわかるのだけど、

 そういえばそこで食事面で手をうつ

 ということは毎回してこなかったな。

 病院に行ってから先生に

 消化のいいものを、と言われて

 ようやくというパターンを

 繰り返してきてたなと思い、

 アトリエでのお昼ごはん記録インスタから

 ここ1週間のメニューを拾いあげて

 分析した文章を夕方書いたのだが、

 更新前にWi-Fiが途絶えて

 インターネットが

 つながらなくて保存できなかった。

 残念。

 ともかく結果だけ言うと

 激痛にいたるまでの献立次第で

 防ぎようはいくらでもあったな、

 とあらためて気づいた。

 

 ちなみに今のことを始めたのは

 まだぎりぎり20代最後の年。

 FRPの現場仕事時代、

 親方との折り合いが悪く、

 ストレスをためまくり、

 長崎の出張先で毎晩胃が痛くて眠れなくて

 胃炎になってやめたことがきっかけ。

 その半年後に初めての

 個展をやっていたな。

 今思えば。

 

 

 

 

 

 

 

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いててて…

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 昨日は朝から体調を持ち直してたので

 日中も元気に作業してたのだが、

 夕方になって突然胃が痛みだして

 これが前日とはもう比べものにならない

 くらいの痛さで、

 うずくまって丸めた毛布をお腹にあてて

 しばらく凌いでいたのだけど

 いっこうに治まる気配もなく、

 まともに立っていられないし

 これじゃあ、薬局にも、

 もうすぐ閉まってしまう

 病院にも行けないぞ、と

 アトリエ中の薬という薬を

 のたうちまわりながら探したら、

 昔父親が痛みで歩けなくなったときに

 飲んでいて、その後改善したので

 こっちも腰痛対策で何かあったとき用に

 余ったのをもらっておいた

 強力な鎮痛剤が出てきたので飲んだ。

 

 30分くらいしたらぼんやり効いてきたので

 受付終了間際の病院へなんとか駆け込んだ。

 薬を処方してくれたけど、もう

 調剤薬局は閉まってたので、

 夜はもう激痛ではないけど

 ぼんやりした痛みのまま、すぐ寝て、

 でも何回か起きたけど、ようやく

 朝方には落ち着いてくれていた。

 朝、薬局に行こうとしたら、

 くそ、そういえば昨日の夕方

 誰かが大きな大きなうんちの塊を

 アトリエの入り口前のど真ん中に

 してあったんだった。

 ばかでかい犬か、

 あるいは切羽詰まった人間か?

 という分量で、

 もう昨晩は片づける元気もなかったので、

 段ボールで掬い取って、

 こびりついたのをホースで流さねば

 ならなかった。

 

 とにかく慢性の胃炎が悪化したので、

 この連休中は消化のいい食事を心がけて

 アルコールも断とうと思う。

 まったく、この8月、9月は散々だな。

 

 夕方3日ぶりにお風呂に入って

 食材と炭酸水を買って帰る途中、

 近所のうなぎ屋のとみたの

 (アナログライフがよく使う)

 前を通ったら、お店の換気口から

 もうもうと流れ出るいい匂いの煙が

 信号待ちしているシルバーの

 車を覆っていさるさまが

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の

 デロリアンのようだった。

 こっちは昨日のお昼以降おかゆ的なの

 一食だったので、

 よだれがでろりあんだった。

 

 食欲が出てきたのはいいことだ。

 今日も早く寝ます。

 おやすみなさい。

  

 

 

 

 

 

 

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内側

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 シェードの首のつけ替え。

 内側をきれいに整えれば

 改良版原型の出来上がり。

 明日はシリコン注型。

 

 今日は午後から胃が穴があいたように

 痛くって、お休みした。

 映画でも行きたかったけど

 それどころじゃないくらいだったし、

 蕁麻疹も出たので

 おとなしく寝ていた。

 せっかく涼しくなってきたのに

 ここのところあんまり食欲ないし、

 ちゃんと内側をケアしてあげないと

 いけないな。

 

 無駄な動きの多いねずみ年。

 横這いな蟹座。

 

 

 

 

 

 

 

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無題

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 やることが多くて

 目がまわりそうだけど

 ちょっとずつ進んではいる、

 と思う。

 

 芦名星が死んじゃった。

 36歳だって。

 

『八重の桜』の会津藩の

 奥さん連中のなかでいちばん好きだった。

 斎藤工演じる会津藩家老、

 神保修理の奥さん役で、

 結婚後すぐ、旦那は松平容保に伴って

 京都に行ってしまって、

 鳥羽伏見の戦いで幕府側が負けると

 徳川慶喜が江戸へトンズラした

 責任と批判を殿(容保)の代わりに

 一身に背負って切腹してしまうもんだから

 最後まで会えず終い。

 やがて会津に攻め入ってきた

 新政府軍に娘子隊(じょうしたい)に参加して

 戦うも敵の捕虜になってしまい

 自刃するという、悲しい役なんだけど、

 演技力のある女優陣の中で

 ひときわ透明感が際立っていた。

 

 今、出演作を見てみてもその後の

 映画もドラマも他のは一切観れてない。

 大河でも登場回も多くはなかっただけに

 オープニングクレジットでいつも

 名前をさがしてた。

 久々に名前を見たのがこの訃報で

 とても悲しい。

 

 

 

 

 

 

 

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最終段

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 何段回あろうが

 ペンダントシェードの

 最終段目はこれ。

 2017年のやいちの個展で

 初出ししたカバーシェードを

 もう一度シリコン型からつくり直し中。

 旧型を使って原型づくりから。

 

 大ぶりなペンダントシェード

 (といっても直径30冂度だが)や

 面倒なかたちのものになると

 軽ーく数万円飛んでしまうので

 (それとああだこうだの時間も)

 いつでもできるわけではないのだが、

 タイミングを見て

 必要あらばブラッシュアップ。

 これはお待たせ案件と、

 今後のために。

 

 

 

 

 

 

 

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